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謎好きにゃんこの妄想

浅~い知識とおふざけ妄想脳で謎解きするニャ🐱

日本人の悪いクセ 「とりあえず謝っとこう」 ・・・そして慰安婦の嘘が歴史的事実(?)になった

今まで避けてきた慰安婦問題。
いろいろ思うことはあるのですが、言いたい事を上手くまとめる事が出来ません。あまりにも根深くややこしく拗れてしまった問題になってしまっているので。
いろんな方の意見を目にしますが、同じ日本人の中でもいろんな考え方があって・・・。でも、多くの方がほぼ一致しているのは「韓国とは極力関わりたくない。いっそのこと国交断絶でもいい。ただし日本からだと、日本は世界第三位の経済大国なのに、隣の中小国を見捨てるのか、ヒドイ!みたいな事を言われかねないから韓国の方から言い出してくれないかな?」」って所でしょうか。私もほぼ同意見です。国交断絶なんて軽はずみに言うもんじゃない!という人もいますが、たとえデメリットがあるとしても今のように足を引っ張られながら無理してつきあうよりはマシなのでは?と思ってしまいます。マイナス100よりはマイナス50の方がマシでしょう?


さて。まずは最近の動き。
釜山の慰安婦像設置への抗議として日本政府が取った措置。もちろん支持しています。これが普通の国の当然の対応。今までが異常だった。

ただし、一部の人達の「安倍ちゃん、GJ !」というはしゃぎ気味の論調には違和感があります。

確かに今回日本政府は思いきった。そこはいいんです。

でも、世界に広まった「慰安婦は日本軍に強制連行された性奴隷」という認識は変わってません。寧ろ慰安婦合意によってより強固に定着してしまいました。「安倍ちゃん、GJ !」してる人達、そこはいいんですか?


客観的証拠は何もなく、自称慰安婦のお婆さん達の証言だけなのに、なぜ捏造された被害証言(それもコロコロ変わったり辻褄が合ってなかったりとツッコミ所多し)が、あたかも証明された歴史的事実のようになってしまってるのか?
日本は今まで一度も軍による組織的な強制連行や暴行を認めた事はないのに、なぜ海外メディアは「日本が強制連行、性奴隷を認めて謝罪した」と明らかな誤報(私は、一部の海外メディアは日本が認めてないことをわかっているのに、あえてわざと嘘記事を書き続けていると思っています。ニューヨークタイムズとか絶対わかってやっていると思っています。)を垂れ流し続けるのか?
日本や、日本の主張を支持してくれている一部の外国人の「慰安婦は高給を得ていた売春婦、客観的資料もある」という主張はなぜスルーされるのか?

「WW2における日本は悪だった」事にしておいた方が都合がいい国や人達が多いというのもあると思います。
「女性の人権」という言葉を持ち出した韓国が頭良かったというのもあると思います。欧米の意識高い系の人達が人権という言葉に弱い(人権意識が高いわけではなくて、あくまで人権という言葉に弱いだけ)という所を上手く突いたと思います。
中国韓国のプロパガンダが質量ともに日本を圧倒していた、日本がきちんと世界に向けて説明をしてこなかった、など情報戦で負けてきたというのもあると思います。

でも、一番モノを言ったのはやはり「日本が謝罪した」という事実ではないのでしょうか。日本がモニョモニョ言い訳がましく言う「広義の強制性」がどうとか、道義的責任とか、賠償金ではなくて○○金だとか、細かい所(本当は細かくはないのですが)なんか第三者にはどうでもいい事です。彼らの頭に残るのは「日本が謝罪した、金を払った」という所だけです。

米軍レポートなど、慰安婦は高給を得ていた売春婦だった客観的資料は幾らもあるのに、なぜ国際社会にそれが伝わらないのか?なぜ誰も聞く耳を持たないのか?
米軍慰安婦の事は「証言だけじゃ証拠にならない」と無視されているのに、自称日本軍慰安婦の証言は「被害者の証言を疑うのか!」となぜ重く受け止められているのか?


それは日本が謝罪したからだと思います。
加害者である(本当は違うけど)日本が謝罪した事で自称日本軍慰安婦の証言は事実と証明された、と国際社会が理解したからだと思います。
日本が「何を認めて何を否定して何に対して謝ったのか」を曖昧にしたまま、目先のトラブル回避のためだけに安易にした謝罪が、自称日本軍慰安婦の嘘にお墨付きを与えてしまったのだと思います。



「日本が謝罪した、すなわち慰安婦の訴える被害は事実」と理解するのが世界のスタンダードなのではないでしょうか?世界のほとんどの人達にとって「謝罪」というのはそういう事なんじゃないでしょうか?

日本人にとっての謝罪とは「自分に1%でも非があればまず自分から謝る。その上で自分の言い分を相手に聞いてもらう。謝罪とは相手の気持ちを落ち着かせ、冷静に話し合うための第一歩」という認識のような気がします。

でも、世界のスタンダードは「謝罪したということは自分の非を全面的に認めた、告発した人の言い分を全面的に認めた」警察用語か何かで言うところの完落ち、つまりもうそこで真偽について議論の余地はなくなる、検証の必要もない、冷静に話し合うも何も全面的に非を認めたのに何を今更・・・という感じなんじゃないでしょうか?
もっとも警察なら被疑者が完落ちしててもその自白を補完する証拠などを裁判に備えて集めますが、慰安婦問題は完全に中世の魔女裁判みたいになってますからね~。客観的資料などどうでもよくて心証だけで日本を「あいつは魔女だ~!」と決めつけてる状態ですから。

「だって日本は謝罪したじゃないか、事実だから謝ったんだろう?事実じゃないなら謝る必要ないんだから。」





それくらい国際社会において「謝罪」とは重いもの。日本人の「とりあえず謝っとこう、謝って丸く収めよう」という軽いノリは多分世界から見ると異質で理解し難いものなんじゃないかな?と思います。


私は慰安婦合意で「軍の関与の下で女性の名誉と尊厳を・・・」という文言を入れた事がこれから先日本に重くのし掛かってくると思っています。いくら日本が「日本軍による強制連行、性奴隷を認めた訳ではない」と言っても、あの文言では「認めた」と判断されてもしょうがないと思います。
なぜわざわざあんな誤解をまねく文言を入れたのか理解に苦しみます。
これは想像ですが。
アメリカの圧力によるものなのかどうかはわかりませんが、とにかく合意せざるを得ない状況に日韓共に追い込まれた。ただ、両国政府共それぞれの国民の反発が怖い。そこで「落とし所」として考え出されたのがあの曖昧な「軍の関与の下に」。日本国内的には「強制連行を認めた訳ではない」と言えるし、韓国国民には「軍の関与を認めさせた!」と成果をアピール出来る。
もしこの想像が当たっていたら、河野談話と同じ構図になるわけで・・・。何やってんの、安倍政権、という事になりますが・・・。



日本人は日本人同士で通じることが外国でも通用すると思って、よく失敗しますよね。
謝罪についてもそうだと思います。慰安婦問題のようなケースでは特に。

当の日本が認めて謝ったんだからもう結論は出ているじゃないか。日本軍による強制連行、性奴隷は事実。日本はみっともないから後になってゴニョゴニョ言うな、日本がそんなだから中国や韓国がしつこく歴史問題を持ち出すのではないか?というのが、事情を知らない第三者である外国人が陥りがちな考え方ではないでしょうか?

釜山の慰安婦像設置という韓国の合意違反、それによって韓国政府が追い詰められている事と、慰安婦強制連行説をめぐる情報戦とは分けて考えるべきだと思っています。もし韓国が合意違反で世界から批判される事があったとしても、それによって「日本軍による組織的強制連行、性奴隷説」が覆る訳ではないと思います。せいぜい「日本は謝った。金も払った。もういいじゃないか」という日本擁護が関の山。

それでも日本人がそれでいいと思うのなら、もうそこまでだと思います。真実はいつか必ず明らかになる、というのはおめでたい幻想です。人は信じたいものを信じるし、自分に関係なければそもそも真実なんてどうでもいい。

日本と韓国の間で揉めてる慰安婦の問題。よくわからないけど、日本が謝ってお金も払ったみたいだからやっぱり本当の事みたい。自分には関係ないから
どうでもいいけど、とりあえず韓国は「女性の人権」を持ち出してきてるし、ここは慰安婦のお婆さん達に味方しといた方がイメージいいよね。・・・日本を非難している外国人達の本音って所詮この程度じゃないでしょうか?


大して関心がないから自分で調べてみようとは思わない、自分に関係ないから事実はどうでもいい。だったら黙っていればいいのに、と思うんですが・・・。何で、よく知りもしないのに正義を振りかざして誰かを非難したがるんでしょうね?

最近よくポリコレという言葉を耳にします。

こういう独善的な人達や風潮にウンザリしている人達が世界中で増えているようです。トランプ大統領の誕生、EU各国で右派が勢力を伸ばしていることなど、「ポリコレ」が幅をきかし過ぎて息苦しい世の中になってしまったことへの反動なんでしょう。
何でもアメリカでは非キリスト教徒への配慮から近年クリスマスも普通に祝えなくなっているとか。つい最近も芸者風の衣装やメイクで「Vogue」誌に載ったモデルが「文化の盗用」「ホワイトウォッシュ」とかで批判されて謝罪したとか。当の日本人が不快だとか文句言ってる訳でもないのに。日本人からすると何のこっちゃ?って感じですよね。多民族国家のアメリカならではの複雑な事情があるんでしょうが、何だかちょっと行き過ぎちゃってる感じがします。

日本でも何かあるとすぐに「差別だ~!」とわめきたてる人達がいますけど、何でもかんでも差別だの○○ハラだのと決めつける人達の心の中にこそ差別意識が存在しているんじゃないかと私は思っています。


ただ、こういうポリコレ族にとって慰安婦問題は「私は正義!」と自分に酔える格好のネタなのかもしれません。
おあつらえ向きに「女性の人権」という美味しい大義名分があるし、相手は何を言ってもやっても「大人の対応」という名の泣き寝入りをしてくれる大人しい日本人。ノーリスクで日本人を罵れるんですから、こんな楽しい娯楽はないでしょう。




私がネガティブ思考だからかもしれませんが、慰安婦合意によって「強制連行、性奴隷、20万人大虐殺」という誤った世界の認識を日本が正せる確率は大きく下がったと思っています。
それまでは70%くらいあると思ってました。

特に第二次安倍政権になってから総理は毅然と韓国からの謝罪要求を突っぱねてきました。訪米した時アメリカ人と思われる記者に「この場で韓国の慰安婦に謝罪していただけませんか?」と詰め寄られた時も応じなかった。(私、TVのニュースでこの場面を見てビックリしました。だって、この記者の発言、詰め寄り方がジャーナリストというより活動家みたいだったんで。アジア系の人なら中国系か韓国系かな?と思って驚かないけど、白人の記者だったので。第三者のはずのアメリカ人記者が何でこんなに熱くなってるんだろう?。どこかの国の息がかかっている人なのか、それともこの人もポリコレ族だったのかな?とにかく異様な記者、異様な光景でした。)


「なぜアベは謝罪しないのか?」

それは慰安婦の話が事実ではないから。
その事に第三者の外国人が思い至ってしまっては困るので、中韓反日日本人は必死に「謝らないのはアベが極右の歴史修正主義者だから」とレッテル貼りをしようとしていたんだと思います。

それを真に受けた人も多くいたようですが、一方で中国や韓国の執拗な反日姿勢に違和感を感じ始めた外国人もチラホラいたように思います。

少しずつ「歴史問題で中韓が執拗に日本を非難し続ける背景」に外国人の目が向けられ始めた。少しずつ風向きが変わり始めた。


と思っていたら、あの唐突な慰安婦合意。

あれで、慰安婦問題や中国韓国の反日姿勢に疑問を持ち始めていた人達も「あのアベさえ認めて謝った。やっぱり強制連行や性奴隷の話は本当だったんだ。」と思ったと思います。
それまで謝罪要求を突っぱねていた事で、安倍政権の謝罪は余計にインパクトが増したと思います。その影響は河野談話ごときの比ではないのではないでしょうか?


フラトン市だったでしょうか?韓国系団体が慰安婦像を設置しようとしたものの市議会で否決されて果たせなかったのは。そこの市長が「韓国系団体は慰安婦像設置の目的を女性の人権のためと言っていたが、本当は日本政府に圧力をかけるのが目的だとわかった。」と否決に回った理由を話していましたが、慰安婦合意を受けてその市長が「もう疲れた。後は日本政府の問題だ。」と日本をつき放したかのような発言をしていた記事を見ました。そりゃそうですよね。私がこの市長の立場でも同じ事を感じると思います。韓国の、女性の人権を大義名分にした慰安婦問題への拘りの真意に気づき、せっかく日系人や日本人の訴えに耳を傾けてくれたアメリカ人すら呆れて見放したくなるような事を安倍政権はやってしまったと思います。


あの慰安婦合意の時の謝罪文によって、「極右」で「歴史修正主義者」で「謝罪を頑なに拒んでいた」アベ政権の謝罪というインパクトによって、「強制連行、性奴隷、大虐殺」説はほぼ史実として国際社会に認識されてしまった。その誤解、というか捏造を日本が覆す事が出来る確率は30%くらいになった、いや、もしかしたら少なくともあと100年は無理かも、と個人的には思っています。

更に、今後軍艦島とか関東大震災時の朝鮮人虐殺とか、韓国が次々に繰り出してくるであろうでっち上げやイチャモンに、日本がいくら「嘘だ!捏造だ!」と抗議してもなかなか聞いてもらえなくなるんじゃないでしょうか?
「日本は最初はいつも否定してゴネて謝罪を拒むけど、結局最後はいつも認めて謝るじゃない。日本の反論なんか聞くだけ無駄」
こう思われても仕方がありません。




「とりあえず謝っとこう」の話に戻ります。

フィギュアの四大陸選手権に出場したアイスダンスの村元選手がSNSで"日本海"表記した事を韓国人に批判され、「ごめんなさい。美しい東海」と投稿して更に炎上したとか。批判されたら、何が悪いのか謝るべき事をしたのかもわからずとりあえず謝っとく、日本人の典型的なパターン。やってしまいましたね。しかも最悪の相手に最悪のやり方で。



まあ、私自身も、悪くなくても「スミマセン」がつい口をついて出てしまう事があります。ここ数年気をつけて出来るだけ中身のない「スミマセン」は言わないようにしているのですが。


潔く謝る事が美徳、自分の非を素直に認めるのは勇気のある誠実な人、という認識が日本社会の中にはあると思います。その認識自体は間違いではない。ですが、ちょっと行き過ぎて本来の枠を逸脱して、中身の伴わないまま形だけが一人歩きしている感はあります。
「とりあえず謝っとこう」
「謝っとけば何とかなる」

相手が謝っているのに責め続けていると、怒っている方が「大人げない」「しつこい」と言われるのも日本社会。その結果、場合によっては謝罪が武器になることもありますからね。

日本の安いドラマでもよく出てきますよね。取り返しのつかないような大きなミスをしても、土下座すれば相手や周囲の人に誠意が通じてアッサリ問題解決、っていう展開。「ここまでして謝ってるんだから許してやれよ」とかいうセリフ。あれ、日本人を愚民化するための洗脳作戦の一種なんじゃないかと勘ぐりたくなるくらい非現実的で滑稽です。ドラマ作っている人はあれで視聴者が感動するとでも本当に思ってるんでしょうか?・・・感動する人もいるのかな?私は冷めますけど。
と言うか、実際に実生活で土下座って見たことありますか?私は、ネットに投稿されたのとかしか見たことありません。何でドラマでは当たり前のようにしょっちゅう出てくるんでしょう?画的にインパクトがあるからでしょうか?

たとえどんなに迷惑をかけられても、どんなに腹が立っていても、私は土下座なんかされたくないです。土下座って良く言って「土下座している本人の自己満足、あるいはパフォーマンス」遠慮なく言うなら「嫌がらせ」だと思います。


日本では、さっさと謝ってしまった方が得、楽、そして時には強い立場になる。
日本の社会に流れるこういう風潮や雰囲気が、日本人が「謝罪」というものを軽く見る、軽く扱う事の底流にあるのかもしれません。


アメリカの、裁判や警察ものの映画やドラマではしょっちゅう「絶対に謝るな、裁判で不利になるぞ」っていうの出てきます。
感情的には何だかなあ、と思うセリフです。でも、これがアメリカや多くの国の考え方、現実なんでしょう。(日本でも、もしかしたら裁判に関係した事では同じかもしれませんが。ただ、私の印象としては謝罪してない事で反省の色がないとして不利になった、みたいな記事を見た記憶の方が多い気がします。やはり、日本では司法の場でも謝ったもん勝ちなんでしょうか?)


どっちがいい悪いとかそういう事ではないと思います。日本人には日本人の価値観、考え方があっていいし、海外の価値観や考え方にいたずらに迎合する必要もないと思います。ただ、違いがあるんだという事を知っておく事は大事だと思います。これも一種の危機管理です。


自分の非を素直に認め、潔く謝る。これは間違いではないです。
でも何かわからないけど「とりあえず謝っとこう」という悪いクセはそろそろ直さないといけませんね。少なくとも国際社会の認識は日本と違うというのを常に頭の隅に置いておかないと、日本はこれからも誤解され、嘘で貶められ、やってもいない罪を擦り付けられる、単なるお人好しでは済まないマヌケな国のままです。



ちなみに私は慰安婦合意を全否定はしていません。対中国、北朝鮮など安保の観点から、アメリカの意向に従わざるを得なかった部分もあったかも?と思っています。

あの合意の裏に何があったのか私にはわかりません。

ただ、結果として日本も韓国も取り返しのつかない失敗をした気がします。
あの合意で得をしたのはアメリカだけじゃないでしょうか?
いつまでも慰安婦問題を引きずっていると、安保の事もありますが、何かの拍子に米軍慰安婦にスポットライトが当たり、アメリカに火の粉が降りかかるかもしれない。例えば、米軍慰安婦がアメリカ政府に謝罪と賠償を求めて訴訟を起こすとか。
今まで散々日本を非難してきた手前、この問題からは逃げられません。

合意によって韓国を黙らせ、自分達がした事を日本に擦り付けてこの問題を終わらせる、アメリカからすれば完璧なシナリオではないでしょうか?


私はオバマを、演説が上手いだけの無知で無能な偽善者、と思っていましたが、案外策士だったのか?それとも側近に策士がいたのか?


いずれにしても、私はオバマを見くびりすぎていたのかもしれません。




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